第 112 回 日本小児科学会 学術集会
奈良国際会議場メインホール 2009年 4月19日
総合シンポジウム6「地域の小児医療の問題点とその解決を目指して」~
講演「過疎地病院における小児医療:医療圏一人小児科医の実践と夢」
与えられた主題は「小規模小児科の問題点」でしたが、問題・問題・・・との観点に留まらず、実践を交えて、「夢」も語りたく、下記「過疎地病院における小児医療 : 医療圏一人小児科医の実践と夢」として講演しました。
(写真はお母さんが撮影され、許可を得ての使用)
全国の過疎地病院における共通の問題の一つに医師不足があります。智頭病院も今年度医師が1名減りました。経営改善をめざして、様々な取り組みがなされていますが、今年度は療養型病床を減らして、老人保健施設が稼動しています。また、智頭病院は「保健・医療・福祉総合センター〔ほのぼの〕」の主要機関としてあり、保健・福祉が一体となって智頭町民の幸せのために機能しています。保健・福祉領域における小児科医の役割も多々あります。
第 112 回日本小児科学会は奈良市で開催されました。智頭町の位置関係を示しました。
智頭町は鳥取県東南部端にある(市町村合併をしなかった)単独町です。国道は53号線、373号線があります。53号線は岡山市と鳥取市を結び、373号線は姫路方面と連絡します。マイカーや鉄道で町外に出るためには、何れも、トンネルを通ることになります。
インフルエンザシーズンはレセプト枚数が 350 枚近くになります。1 人平均一月に 2 回受診として、延べ 700 例近くの外来患者数になります。 智頭町内で感染症が少ない場合、半数が町外患者となることが少なからずあります。急性感染症は智頭トンネルや志戸坂峠でさえぎられた、鳥取市(旧 八頭郡)用瀬町や岡山県西粟倉村とは、流行が明らかに異なります。
鳥取県立中央病院で果たした職務 : 人口最少県である鳥取県の東部にある県庁所在地ゆえ、県立中央病院の小児科は、多種多様な社会教育・啓発活動の責務もありました。
鳥取県は、先見性のある先達が、県、医師会、鳥取大学が三位一体となった健康対策協議会を設け、母子保健対策・新生児マススクリーニング・乳幼児健診の体制構築も担ってきました。乳幼児保健に関しては、県の健診マニュアルの乳児編(新生児~9-11か月)の初版を執筆する機会に恵まれました。また、医療機関用の鳥取県虐待防止マニュアルの初版も執筆しました。関連して、法に基づく鳥取市に創設された児童虐待防止協議会の初代会長を、智頭病院に異動後も2年間、計5年間担いました。なお、智頭町では発会後、現在(2020年度)まで会長職に任じられています。
自身の経歴(~県の基幹病院における小児科医としての実践・学び)は、智頭病院での医療を担う上で必須であり、示した次第です。
今も鮮やかに思い出すことが出来るのが、中央病院救急外来で、(当時、紙カルテのオーダリング体制であったゆえ、)発熱で時間外受診された病院新患の子どもさんの住所を見たら、その瞬間に、お母さんが「智頭町では子育てが出来ない!」との発言をされたことです。その後、仲間等に智頭病院への異動に係る勧めをしましたが、達成されず、結果的に小生が異動することになりました。
当時、管理職にありましたが、臨床現場から離れざるを終えない日々にあって、臨床小児科医として全うする最終機会ととらえたのです。異動に際して、恵まれた諸条件があったのは事実です。
市場調査といえましょうか、小児科モニターを募り、ニーズの掌握に努め、座談会も開催しました。
急性疾患問診表は、単に病状のみを尋ねるのではなく、検査や点滴の希望など、医療行為のニーズも掌握できる書式にしました。保護者の不安を象徴的に掌握するのに役立っています。
小児科安心パスポートは、小生が「経過を丁寧にみるべきだ」と評価した例や保護者の理解・安心が今一かなと思われた例において、とくに週末などにお渡ししました。
小児科モニターの方々の共通の願いは、当然といえましょうが、採血など「痛みを伴う検査・治療は、出来れば避けたい」、レントゲン写真など「被爆を伴う検査・治療は、出来れば避けたい」こと、そして、「可能ならば、入院はしたくない」願いや「入院しても、出来れば、短期間で退院したい」ことでした。
これらの願いを実践する医療は、即ち、保険点数が上がらないため、病院収入が減ることになします。幸い、智頭病院は智頭町直轄の公的病院(・直営の国保病院)であり、小生は保護者の願いに適う医療の実践が可能になります。
ただし、町長をはじめ、関係者の方々に、機会を得て、説明することになります。例えば、逆説的な説明になりますが、「大谷を雇うよりは、臨床経験の浅い若い医師が収益性が高い!」ともお話します。つまり、臨床経験が浅いがゆえに、検査を多く行い、検査結果を重視し、外来で診るには病態把握が困難ゆえに入院診療とし、一方、退院とするには不安があるので、入院期間が延びて、退院を判断するための検査も増えるといった按配です。かつ、給与は若い医師の方が安いわけです。
一方、臨床経験を積んだ医師が診療しても、若い医師が診ても、初診料ほか保険点数が変わらない制度上の問題もあります。つまり、質の高い医療は、儲けに反映しないということです。
保護者ニーズに適う診療、しっかりと子育て支援をすることは、保険診療になじまないということになります。
こうした矛盾を含めて、啓発していくことが不可欠でした。
第 109 回日本小児科学会学術集会で「地域密着型公的病院における一人小児科医の取り組み(第2報)
入院症例の検討」を発表しましたが、入院例が 200 例に至った節目に、第 80 回山陰小児科学会で「入院 200 例の臨床的検討」として発表しました。智頭病院における実践の証として紹介しました。
入院時間帯別入院数では過半数が時間外入院でした。休日入院は約1/3ありました。
主病名は割愛しましたが、大半が脱水症を伴う急性感染症でした。
入院宿泊数は平均1.7泊でした。
中央病院勤務時代は、(前制度時代ですが、)小児科の責任を有するようになってから、主治医を研修医や経験の浅い医師として、彼らが臨床医として育つのを支援する立場にありました。
例えば、検査指示は、1)病態を読み込んで、結果を予測して指示を出すこと、2)結果が予測と異なっておれば、何故そうなのかを振り返ることなどです。
小児病棟の看護婦長(看護師長)が、卒後2年目の研修医を年度末に送別する会で「赴任された当初はハラハラしていましたが、すっかりと安心できて、任せられる力をつけられました」と発言することは再々ありました。また、NICUにおいては、中堅の看護師が「大谷先生が診られたら良いのに、採血や気管内挿管など、赤ちゃんがかわいそうだし、私たちも安心できない」云々と・・・。これに対して、比喩として話したのが車の運転です。
例えば、小生がハンドルを握り、助手席の研修医に運転の仕方を見せたとしても、研修医が実際にハンドルを握って運転しなくては本物の運転技術は育たないでしょう。実際には自ら運転した方が楽ですが、若い人を育てるには、危険は回避するとして、我慢して、運転操作を見守ることが必要なのです云々。
智頭病院に異動後は、自分で車の運転をし、かつ、顧客、即ち、保護者・小児科モニターの願いに適う診療をした結果が、入院宿泊数1.7泊だったのです。
保護者の「痛みを伴う検査は避けたい」との願いに適う結果といえましょうが、入院 200 例における採血回数1 回以下が94.5%でした。採血1回の例は、点滴を目的とした静脈穿刺に際して、まず、流れ出る血液を検体として、その後、点滴ルートに接続した場合のみです。
病態を読み込んで、検査結果を参考程度に見ているがゆえに、例えば、白血球数が多いとか、CRPが上昇していても、ウイルス血症、ウイルス感染症と診た例では抗生物質は用いていません。点滴をして、解熱すれば、当然、白血球数やCRP値は正常化するわけです。検査結果を確認するための採血を行わなかった結果が「採血回数1回」となります。
稀ですが、例えば、ウイルスによる急性胃腸炎で脱水症を来たした例で、点滴ルートの確保はしたが、末梢循環が悪くて、血液が検査に必要な量が出てこないという場合は、採血回数0回としています。
ただし、こうした例で、病態が読みきれない場合や慎重さを必要とする場合、さらに、保護者への説明上必要という場合には、採血のみ別の血管を用いて行った例もあります。
何れにせよ、臨床経験を積んだ小児科医である証と言えましょうが、入院診療で採血回数が1回以下が95%近い結果でした。
入院が平均1.7泊であることと合わせ、保護者ニーズに適った入院診療が出来たと言えましょう。
要するに、保護者ニーズに適う医療の実践は、収益性を損ないます。
ウイルス血症と診ていた例で、解熱しないからとて、保護者の思いで他機関を受診され、入院に至った例がありました。説明が不足していたのか・・・。
小児科看護師には、常に、保護者に寄り添い、共感関係を大切にすることを依頼しています。この観点から、総看護師長(現 看護部長)には、子育て中の看護師さんを小児科に配置することを依頼しています。
(が、近年、常勤看護師不足で、日々、外来看護師チームでの交代が定着しているます。その分、保護者との信頼関係・保護者の安心を得る観点で、診察前後の看護の質の低下を懸念しています。2020/11/3 記)
保護者のニーズは、急性感染症等による「今、何とかして欲しい」という“病児保育”にあります。
実際、病児保育対象が大半であり、“病後児保育”例は希少でした。制度は、“病児・病後児保育”ですが、もしも某施設が、“病児”を除き、専ら“病後児保育”を対象としているならば・・・。
保護者のニーズは、急性感染症等による「今、何とかして欲しい」という“病児保育”にあります。
実際、病児保育対象が大半であり、“病後児保育”例は希少でした。制度は、“病児・病後児保育”ですが、もしも某施設が、“病児”を除き、専ら“病後児保育”を対象としているならば・・・。
智頭町における病児保育の特徴は、町経営の2保育園の在園児(現 1園・ちづ保育園)を対象としていることです。保育料が支払われているからとて、病児保育の料金は1日500円と安価に設定されました。病院の栄養科に託した治療食を含めた昼食とおやつも提供されての価格です。
町としては、病児保育担当の保育士や状況によっては看護師も日雇いをして臨むことになり、かなりの出費になっています。
免疫能が低い低年齢児が集団生活をすると、感染機会が増え、被感染し、発症します。
最高体温が平均で37.9℃で、4割以上が38℃以上であることは、大半が「病児保育」であったことの証といえましょう。
保護者ニーズは、急に発熱した、急に嘔吐・下痢が・・・といった病状の急変時における病児保育です。病後児保育を行い、病児保育を対象外とする制度・対応ならば、利用者は激減したことでしょう。
智頭病院に異動後、小児科看護師1人以外に(他科も多用で)支援が得られず、保護者にそばに居てもらう採血・点滴の新たな方式を導入しました。詳細は割愛し、考察のみお示しします。
現在(~2020/11/3)も定着しており、看護師が異動しても、揺らぐことのない文化となっています。内心(不可能なことですが)タイムマシンがあれば、中病時代に「採血・点滴するから、保護者は外でお待ちください」と、看護師が無く叫ぶ小児を処置室に"拉致"し、結果、固定のために馬乗りになるなどして、動脈を圧迫するなど、条件が悪い中での手技は、失敗もあり、こどもを痛めつけていたとの反省があります。
保護者にベッドサイドに居てもらい手技をするには、技術も必要です。看護師には「2回までは失敗してもよい」としています。状況によっては、1回の失敗で、小生が呼ばれることもありますし、或いは、刺入することなく、最初から小生が呼ばれる例もあります。
3次医療を担い、県の各種公務を多種こなしてきた立場からの私的印象です。
拘束時間には、自宅における病院関連の処理仕事も含めました。仕事量自体は、智頭病院に異動後、明らかに減りました。その分ゆとりがあります。中央病院時代は、常に仕事に追われ、仕事を追い求めていたと、今 振り返って、評価できます。
かつ、仕事の内容自体におけるストレスが半減しました。これらによりゆとりが生まれています。
ストレスが半減した要因は、多くの受診者が顔なじみであることがあります。町内出生の新患、町外からの新患の方でも、おそらくは評判を聞いての受診でしょう。関係性がプラスの状態で、診療のスタートを迎えることが出来ています。また、具体的な家庭看護支援に係る啓発効果もありましょうが、保護者が適切に受診してくださっています。
これらのことは、大都市圏・都市部の病院勤務とは異なる、過疎地病院の診療特性と考えています。医療には安全が必須ですが、この観点でも重要なことです。
というわけで、智頭病院異動後は、診療に係るストレスが半減しました。このことは、自身の、小児科医としてのQOLが向上していることにもなります。
医療の目標は「全人医療」であり、子どもにおいては「成育支援」・「家族支援」があります。つまり、院内外で、子どもの育ちを見守り、支援する中での病院診療が、智頭病院・過疎地における公的病院小児科の職務と言えます。
医療の目標は「全人医療」であり、子どもにおいては「成育支援」・「家族支援」があります。つまり、院内外で、子どもの育ちを見守り、支援する中での病院診療が、智頭病院・過疎地における公的病院小児科の職務と言えます。
オリジナルの啓発資料です。
依頼講演の際に、男女別に起立していただくことが多々あります。
もっとも大切な人(男性→女性 ; 女性→男性)に、この24時間以内に「ありがとう」と言った方はお座りくださいと促します。立ったままの方には、では、最近1週間以内に「ありがとう」と言った方はお座りくださいなどと進めます。
智頭中学校では、中学3年生を対象とした性教育に係る授業のまとめ、つまりは命・人権を主目的とした授業ですが、依頼を受けてお話する際にも、本内容を盛り込んでいます。
中学生たちの多くが、本内容に共感し、勇気づけられるようです。
ところで、あなたは「ありがとう」が得意ですか? ・・・
発熱、咳嗽 ・ 喘鳴など、子どもの急性疾患において、家庭看護支援として、 水分摂取を促す説明はなされていましょうが、具体的な摂取量・目安が示されることは稀有なようです。
小学生の保護者に1日24時間で一升瓶1本の量を摂ることをお話すると、驚かれ、「とても無理です」といった返答があります。睡眠時間が9時間であることをお聞きし、「1回に60ml、30分毎の摂取は?」と尋ねると、お母さんは笑顔で「可能です」と。で、計算し、「9時間睡眠なので、15時間は起きている。30分ごとの飲水だから30回飲める。1回60mlを30回で、1日24時間で1,800ml の摂取が可能になります」とお話ししたら、それこそ、目を丸くして、驚かれたのを印象的に覚えています。
体格の良い中学生や、病院当直で診る若い大人においても、1回の水分摂取量を75mlを上限としてお示ししています。尋ねると、「睡眠時間が6時間」という方では、24時間で 2,700ml を摂取する計算になります。
年齢が上れば、体重当たりの必要量が減じます。このことも配慮して、説明・啓発をしています。
医学部には偏差値の高い方が合格され、任意で選択科が決まる。次世代を育み、地域を守る観点から、産科や小児科は、行政施策として、配置されることが願いです。
例えば、「医学部地域小児学科」を設定し、高卒のみではなく、社会人入学枠の比率を高めることで、コミュニケーションスキルの高い方を合格させることも一案と考えます。医学部における学習・実習は全科を対象とし、いわば、子どものための総合臨床医をめざすことになります。
子どもたちの幸せ・保護者・地域の子育て支援の要としての小児科医は、地域の公的病院には大切なことでしょう。こうした観点から、国策として、全国の多々ある公的病院において、小児科医の定数配置がなされることも夢です。
3次病院勤務医ないし大都市の病院勤務医として、心身ともに疲弊したから開業(?)ではなく、かつ、子育てが一段落しているならば、過疎地の公的病院で子どもたちの成育を支援する臨床小児科医として、人生の再出発に臨むことはいかがでしょうか? 自身のQOLを高める観点からも、オススメします。
個人的には、(頭髪を除き、)心身共に若いといえる現状にあり、公的な退職年齢を過ぎても、求められれば、智頭医療圏の子どもたちの育ちを支援し続けたい願いがあります。
※ 齢70歳を過ぎても、相変わらず元気で(:若返っているとの実感もあり!)当直も若い医師同等に(皆が嫌う夜・宿直を主として、月に平均7回)こなしています。2020/11/1 から智頭病院勤務が 18年目になりました。感謝しつつ・・・
本頁を up したのは、2020/11/3(祝)24時間当直の合間
貴重な発表機会を与えられたことに 深謝いたします。