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小児のQOL/医学書院 「小児科学 第2版」 (2002年6月) 原稿

2002 Jun. 小児のQOL 原稿(草稿)

小児のQOL

 は じ め に

 小児のQOLは、両親・保護者のQOLに包含されること、小児の将来を展望することが必須であることなど、大人と異なる要素があり、これらは世界の小児に共通する。一方、小児の成育環境に関するわが国の社会的要因は、急激な少子化、室内ゲームでの疑似体験の増加と実体験不足、犯罪行為の増加・低年齢化、女性喫煙率の増加、虐待、不登校、学級崩壊など、非常に特異である(表1)。

  本項においては、小児科医として、上記の要素を含め、小児のQOLを高めるために如何にあるべきかに関して、提言・提案することが主目的となる。

 小 児 医 療 と 成 育 医 療

 白木1)は、21世紀における医療のあり方について提言している。例えば、臓器別専門医療における弊害は“臓器を診て人を見ず”にある。願わしくは、人を診るに留まらず、生活もみられることであり、さらに白木はライフサイクルを念頭においた医療を求めている。これは医療における小児のQOL高低の根幹となり得る。

  専門医療が優れていても、患児・保護者との信頼関係を築く態度・技能が劣っておれば、QOLの低下を招く危険性がる。保護者へのインフォームド・コンセントを十分に図って医療を展開することは小児のQOLを高めることになる。その方法として、資料を作成し診療機会に手渡すことは有用である。

 小 児 の 感 染 症 と Q O L

 著者2)は有症状期や日常生活のあり方について、即ち、小児のQOL向上を指し、“感染症発病分数モデル”を提案している(図)。分子に「 抗原量 × 疲 労 × 脱 水」を、分母に「 免疫力 × 体 力× 栄 養 」を置き、分子を小さくし、分母を大きくすることが肝要であることを解説している。 

表1 小児に関わる社会情勢の変化

順不同 

 ◇ 世界に例のない少子化・高齢化の急速な進行
 ◇ 家庭の教育力低下:子育て不安の増加
 ◇ 地域の教育力低下:地域で孤立する家族
 ◇ 育児体験の乏しい社会的に未成熟な親の増加:虐待予備軍
 ◇ 居間・団欒の軽薄化:個室化・孤食化
 ◇ 生活時間帯の変化:就寝時刻の遅延化
 ◇ 起床から朝食、登園・登校ま時刻での短時間
 ◇ 生活時間帯におけるテレビ・ビデオの増加
 ◇ 肥満児の増加:過食傾向と戸外運動機会の減少や夏太り
 ◇ 生活環境の狭隘化:冷房・暖房の整った室内生活の増加
 ◇ 年少時からの塾通い:親の競い合い・2歳児の“お受験”
 ◇ 過疎地域の問題:豊かな自然と子どもの孤立・屋内生活
 ◇ 旧態依然とした知識伝達型学校教育:閉鎖的な学校
 ◇ 不登校を取り巻く問題:混乱・混迷の続く認識・対策
 ◇ 家庭内暴力・虐待・犯罪の増加
 ◇ 青少年による凶悪犯罪の増加
 ◇ 心身症の増加:健康感の喪失傾向
 ◇ 喫煙の低年齢化・女性喫煙率の増加:国の禁煙対策の遅れ
 ◇ 性行動の低年齢化:性感染症の増加
 ◇ 出生児に占める低出生体重児割合の増加
 ◇ 未整備な小児医療体制:家庭における小児看護力の低下

一方、言葉で症状を的確に訴えない乳幼児の家庭看護において、著者は「 水 分 」「 関 心 」「 睡眠 」「 安 心 」の4項目(表2)を、作製資料を用いて説明し、かかりつけの小児科医に相談するとか、救急受診する根拠とするように促している。

 上記に関する保護者の理解度を確認しつつ、発熱時の解熱剤使用に関しては、「 水 分 」「 関 心 」「 睡 眠 」「 安 心 」が保たれておれば、用いる必要がないことも話す。単に38.5℃以上になったら用いるという説明は控えるべきである。体温計の数値で動揺したり、解熱剤に依存しないで、保護者が病児を良くみられるように、小児科医は支援する責務を有している。結果として、保護者が育つことは、小児のQOLを高めることになる。

 保 護 者 の 育 ち と 小 児 の Q O L

 心身症の診察や、保護者が育児に困惑している言動に接した場合などに、著者が解説用に作製3)している“育ちモデル”を提案(図3)する。「 表 現 」を支える「 理 解 」と、これを育む「体験・意欲」、根底に「目と目・安心・きずな」を置き、これが安定し大きくなることを望ましい育ちとした。さらに、氷山に例えて、「理 解 」の中程に海面を置き、海面上の見えやすい理解を知識とした。車の運転、学校のテスト やチックなど問題とされる行動を事例として解説している。

 表1に列記した諸要因があって生じる育児上の問題においては、しばしば海面上の解決を急ぐがために、海面下の育ちを萎えさせ、歪めさせて、長期化・深刻化していることが多い。海面下の要素の重要性に気づくことが肝要であることを保護者などに伝えたい。

​ 小児・保護者のQOLを高める上で重要である。なお、問題解決において、当事者(小児)・関係者(保護者・教師等)は責任論・感情論に陥りがちである。過去の出来事に囚われず、前方視的に、具体的な方法論を構築・展開することの重要性を指摘する。望ましい解決のためには、小児の年齢、家族状況の考慮も欠かせない。

 健 康 と 障 害

 小児のQOLが高くあり続けることは、社会の願いであって、健康はその重要な要素でもある。著者はWHOの三要素について解説する図を作製(図4)し、適宜用いている。社会は年齢によって変化する。新生児・乳児は母乳育児が可能な状況が社会の中心にある。社会は、幼児期には保育園・幼稚園や地域、学齢期ではクラス・学校などと広がる。

 図4Aは、身体的・精神的・社会的に望ましい状態を示しており、QOLが高いと評価し得るこの時期が長くあることが理想である。しかし、加齢によりやがてはBに至ることが必然である。障害のある小児にとって、Bは福祉社会の目標であり、QOLが高い状態といえる。Cは障害児にとって、孤立・偏見・差別・貧困等がある社会であり、Fに至り得る。一方、心身が健康であっても表1の望ましくない社会的要因が重複・持続(図4D)すると、Eへ、そして、FへとQOLが低下する。Fの究極は致死である。なお、障害がある小児のQOLを考える上で、教師・行政職・専門職等の専門家が陥りやすい視点を図に示した2)

 障害はその人の一部であって、QOLを考える上で配慮すべき視点である。当然のことであるが、先天異常、後遺症などの障害を診断する医師や医療チームは、育ちモデル(図3)や障害を見る視点(図5)に留意し、小児の障害に対する保護者の受容が着実に進むように援助する責務を担っている。

 お わ り に

 急速にかつ大きく変動するわが国の多様な社会要因(表1)は、両親を主とした保護者の育児上の混乱を来すなど、小児のQOLの低下をもたらし得る。21世紀のわが国の小児科医は、社会小児科学的素養を高めることが必要で、ライフサイクルを視野に入れて1)小児のQOLを捉え、地域に啓発しつつ、保護者を支援する責務を有している。

表2 乳幼児の家庭看護の要点
   「水分・関心・睡眠・安心」 

1「水分」: 脱水を避けることは感染症の家庭看護において必須であり、第一に水分摂取の重要性について説明する。
2 「関心」: 好きなお話・絵本・おもちゃ等に関心を示すか否か、あやして笑顔が出るか否かを確認することが大切である。
3 「睡眠」: 安静に関して、睡眠がとれているか否か、眠りすぎると心配した際は、起こして「水分」「関心」を確認することを促す。
4 「安心」: 保護者の「安心」である。「水分」「関心」「睡眠」の何れかに支障を来すか、保護者が不安・緊張を感じるならば、相談・受診する適応があると話す。

 文 献

1)白木和夫:小児医療から成育医療へ-21世紀へ向けての新しい展開.日本小児科学会雑誌.102:1043-1047.1998.
2)大谷恭一:脳性麻痺と感染症予防-感染症 今、どう考えるか.小児科.41:1004-1009.2000.
3)大谷恭一:総合病院における出産前小児保健指導の実際.周産期医学.24:712-716.1994. 

 

執筆者:国民健康保険智頭病院小児科 科長(前・鳥取県立中央病院 小児科部長 鳥取療育園長)

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