top of page

想定外の人生・・・ 長い人生、全く想定し得ないコト・事件などに出会う。良いこと・笑えることなら幸い。

​鳥取県民文化会館大ホール“梨花ホール”への舞台出演

代役で鳥取県民ミュージカル[茜~飛天]齢数百歳・ソロが4曲あり台詞も多い舞台回しのヤツミミ。

米子公演では終演後、申し出を受け、舞台上で西尾知事とのツーショット

鳥取県で開催された第17回国民文化祭では直近での代役依頼で、演劇・都の大王:片山知事からの感謝状も!

県民による「第九」演奏会での合唱・バスは数回。合唱メインでマンドリンのソロ演奏も♪

​お笑いください。全て、非医療!

1997年12月某日、地元県民紙の日本海新聞に募集記事があった。1年かけて県民ミュージカルを創作・公演・・・とあった。当時、県立中央病院の(新生児集中治療を含む)小児科の責任を有しており、願いはあったが、練習には参加できるはずもなく、即時的に諦めた。

ところが、マラソンに例えるならば、折り返し地点付近の7月に入って、妻が小生に話しかけてきた。「年末に・・・代役での出演依頼が・・・」と。ミュージカルには関心が高い小生ゆえ、出演する意思を話した。

後日、台本が届いたがアンサンブルとみなして話していたところ、妻が「あなた大変よ!台本の最初に名前があるヤツミミ役だって!」アリャマ!

1998年7月半ばの休日、県民文化会館の事務局に赴いた。自身の勤務事情等を話し、平日の練習参加は免除でも是とされ受けた。

今となれば、笑える話 : 公演の数日前になって、作曲家(新倉 健 氏)が、小生の音域の広さを感知してか、「変えようか」と。(オーディションで通った方の)「音域が狭く、合わせて作った・・・」との呟きも。自身、直前になっての変更に即応できる自信はなく、現状で良いと返答した。かつ、リハーサル段階で、「音程が下がり気味」だとの指摘も!「エッ!早く言ってくれぇ~ド素人だぞ~!」の思いで、冷感:霊感は働かず?本番後のテープを聴いたら「こりゃダメじゃぁ~!」

笑えない話:本番まであと1か月程度の11月に入った頃、どなたかは失念しましたが、責任ある立場の人が実はァ・・・」で、小生は驚愕!何と、年越し後の1月に米子公演がコンベンションセンター大ホールである由。自身、9月以降、土日祝日を練習参加に費やしたことで、年明けからその埋め合わせをすべく、小児科の仲間との調整を済ませていたのに・・・。

安堵できた話:12月20日の鳥取公演は、河本義永副知事が、米子公演では西尾邑次が舞台挨拶をされた。米子公演の終演後、舞台関係者が後始末に入る時点で、秘書官(でしょう)が、舞台衣装姿の小生に声をかけられ「知事がツーショットを希望しておられる」と。知事評価は、「素晴らしい声で演技をする県職員がいた」ことに感動されたと聞きました。音程は?!マァ、ええか・・・ (写真の日付設定は間違いです。)

two-shot

ヤツミミの呟き「共に旅をしていたウサギの姫は、今頃どこでお暮しかのう・・・ 皆、幸せに元気で仲良しで生活していると良いのう・・・」 (2020/6/12 当直明け

021012festival

2002年度、小児科の責任を継続しつつ、片山善博知事時代の組織改革により、初代の医療局長を拝命し、ゆとりのない日々を過ごしていました。第17回国民文化祭が、秋に鳥取県で開催されると現実論的に知ったのは、本番1か月前の頃に、企画部長が小生に会うために医療局長室を来訪されてから・・・。唐突な来訪の趣旨は、代役出演でした。それも、皇太子殿下・妃殿下(今上天皇陛下・皇后陛下)ご臨席の下、記念式典があり、その後の鳥取県を謳う企画、それは、1998年度の県民ミュージカル「茜~飛天」を基に、ダンスと映像を主体とし、NHKエンタープライズによる舞台作品でした。その「都の大王」役だと。鳥取県演劇界の大御所的な方が初役だったようですが、おそらく高血圧症の悪化で降板。

子役の皇子が「白鳥だ!あの白鳥が欲しい」と話す以外は、妃、茜などにも台詞はなく、舞台裏の合唱はありましたが、ミュージカルでないので舞台上のソロ曲もなく、大人の台詞は都の大王のみ!

とくに、重要な台詞はクライマックスにおいて、鳥取の地名を名付ける場面です。皇子を勇気づけ、寡黙だった皇子が話せるようになり、その支援は捕らえられた白鳥が人間の娘として姿を見せていた茜だったのですが、大王は、茜に礼を言い、「この地に名を名付ける!・・・茜 ・・・ 白鳥 ・・・ (間を置き、確信的に)!ン、鳥を捕らえた、この土地ゆえ、『トトリと名付ける!!』」と歌舞伎での大見得をきって両手を伸ばし掲げて、直立不動を保ったのです。大王の台詞の間、オーケストラは止まっていたのですが、客席からは拍手が沸き上がりました。そして、オーケストラが鳴り響き・・・

この際の代役出演依頼は、マラソンに例えるなら、ゴールのある競技場に入り、トラックを周回するかのタイミングです。この際も、平日の練習は免除してもらい、休日のみの参加を容認してもらいました。

当初プログラムには、個人名はありませんでした。が、本番用には、何と!「大谷恭一(演劇:大王役)」と記載されていたのです。

代役演劇人デビュー?!:NHKエンタープライズや県の関係者は各々が他の出演団体や舞台全般のことなどで、皇子、妃と大王に指示等は皆無でした。で、小生は妃と皇子に話しつつ、三人の舞台上での振りなどを思うままに進めていったのです。懸念する妃役の彼女には、「ダメが出たら、その時に変えれば良い。とにかく、3人で整えて行こう!」と話し、一方で、台詞も変えました。台詞に関しては、勿論、演出家に意図を話し、了解を得てのことでした。

自身、未だにリハーサルとゲネプロの違いが分からないほどの素人です。練習は、テープ音源を基に、細切れ的に進み、さぁ、舞台に上がって、オーケストラも入っての練習開始。が、なお細切れ的な流れです。そして、本番同様の通し稽古に至り、地名伝説の最重要場面において、オーケストラが途切れ、内心「こりゃ“間抜け”!」と確信し、生の舞台を見たことのない身で、NHKエンタープライズの責任者と思える彼を呼び止め、その問題点を指摘すると共に、歌舞伎の大見得を切る所作をすることを提案しました。彼は即応的に「是」とされ、本番に至ったのです。

どなたにいただいたか、失念しましたが、公演当日、舞台袖で出番を待つ大王の後ろ姿・・・

茜~飛天のクライマックスシーン

舞台上、舞台袖・裏、オケピットでも、多くの人たちが各々の責任を全うすべく、都の大王、妃と皇子の三人は、いわば部門責任者もいないこともあってか、幸い、放置状態が続きました。おかげで、「大谷恭一(演劇:大王役」に至ったのでしょう。最終プログラム作成段階では、「トトリ(鳥・取)と名付ける!」(大見得)など、0%の段階でした。が、プログラム作成に係る担当者・責任者が、どうやら匂いを嗅ぎ取り“鳥取県の歴史に(ささやかな)名を残す”ことになったとも言えましょう。

​驚きの後日・・・

想定外の笑える人生。都の大王には驚きが・・・ 第17回国民文化祭鳥取県実行委員会会長 鳥取県知事 片山義博氏からの感謝状が届いたのでした。

bottom of page